原 節子
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  • とても美しい女優さんですね。 -- 2013/05/16 (木) 11:10:56

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プロフィール

原 節子(はら せつこ)( 1920年 6月17日 )は、日本の元女優。「永遠の処女」と呼ばれ、戦前から戦後にかけて活躍し、日本映画の黄金時代を築いた。 本名は会田 昌江(あいだ まさえ)。

1963年に女優業を引退した。2000年に発表された「キネマ旬報」の「20世紀の映画スター・日本編」で女優部門の第一位にノミネートされている。

主な出演映画

「晩春」  (Late Spring)          1949年

「麦秋」   (Early Summer)       1951年

「東京物語」   (Tokyo Story)      1953年

「東京暮色」  (Tokyo Twillight)      1957年

映画  あらすじ

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     「晩春」  1949年

早くに妻を亡くし、それ以来娘の紀子に面倒をかけてきた大学教授の曾宮周吉は、紀子が婚期を逃しつつあることが気がかりでならない。周吉は、妹のマサが持ってきた茶道の師匠・三輪秋子との再婚話を受け入れると嘘をついて、紀子に結婚を決意させようとするが、男が後妻を娶ることに不潔さを感じていた紀子は、父への嫌悪と別れの予感にショックを受けてしまう。マサの持ってきた縁談を承諾した紀子は、周吉と京都旅行に出かけ再度心が揺れるが、周吉に説得されて結婚を決意する。紀子が嫁いだ晩、一人家に残る心を決めた周吉は、人知れず孤独の涙を流すのだった。


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         「麦秋」   1951年

北鎌倉に暮らす間宮家は、初老にさしかかった植物学者の周吉とその妻・志げ、長男で都内の病院に勤める医師の康一、康一の妻・史子、康一と史子の幼い息子たち2人、それに長女で会社員の紀子という大家族である。まだ独身の紀子は、親友のアヤから同級生が結婚することになったという話を聞き、紀子の上司・佐竹からも“売れ残り”だと冷やかされる。

春のある日、周吉の兄・茂吉が大和から上京してきた。茂吉は28歳になっても嫁に行かない紀子を心配する一方、周吉にも引退して大和へ来いと勧めて帰っていく。同じ頃、佐竹も紀子に縁談を持ち込んできた。商大卒、商社の常務で四国の旧家の次男となかなか良い相手のようで、紀子もまんざらでもない風である。

縁談は着々と進んでいる様子で、康一の同僚の医師・矢部の耳にもこの話が入ってきた。矢部は戦争で亡くなった間宮家の次男・省二とは高校からの友人だが、妻が一昨年に幼い娘を残して亡くなっており、母親・たみが再婚話を探しているのである。

間宮家では、紀子の縁談の相手が40歳でしかも初婚であることがわかり、志げや史子は不満を口にするが、康一は「紀子の年齢では贅沢は言えない」とたしなめる。

やがて、矢部が秋田の病院へ転任することになった。出発の前の夜、矢部家に挨拶に訪れた紀子は、たみから「あなたのような人を息子の嫁に欲しかった」と言われる。それを聞いた紀子は「あたしでよかったら…」と言い、矢部の妻になることを承諾するのだった。間宮家では皆が驚き、佐竹からの縁談のほうがずっといい話ではないかと紀子を問いつめるが、紀子はもう決めたことだと言って譲らず、皆も最後には了解する。

紀子の結婚を機に、周吉夫婦も茂吉の勧めに従って大和に隠居することにし、間宮家はバラバラになることとなった。初夏、大和の家では、周吉と志げが豊かに実った麦畑を眺めながら、これまでの人生に想いを巡らせていた。


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   「東京物語」 1953年


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      「東京暮色」 1957年

杉山周吉(笠智衆)は銀行の監査役を勤め、男手一つで二人の娘を育ててきた。ところが、姉の孝子(原節子)が夫との折り合いが悪く幼い娘を連れて実家に戻ってくる。妹の明子(有馬稲子)は大学を出たばかりだが、遊び人の川口(高橋貞二)らと付き合ううち、恋人の木村(田浦正巳)の子をみごもってしまう。木村は明子を避けるようになり、明子は木村を捜して街をさまよう。中絶の費用を用立てするため、明子は叔母の重子(杉村春子)に金を借りようとするが断られ、重子からこれを聞いた周吉はいぶかしく思う。

その頃、明子はとある五反田の雀荘の女主人喜久子(山田五十鈴)が自分のことを尋ねていたことを聞き、実際に話もして、その女性こそ自分の実母ではないかと姉の孝子に質すが、孝子は即座に否定する。しかし、重子の口からやはり喜久子が都内にいると聞いた孝子は自ら喜久子のところへ赴き、明子には母であることを告げないでほしいと強く頼む。喜久子はかつて周吉が京城(ソウル)に赴任していたときに周吉の部下と深い仲になり、夫と幼い娘たちを出奔した過去があったのだ。

明子は中絶手術を受けた後で、喜久子がやはり自分の母であることを知って喜久子の元に赴き、自分は本当に父の子なのかと母を質す。喜久子は間違いなく明子が周吉の子であるというが、「不義の女性」の血が自分に流れていることがかえって明子を絶望させる。明子は場末の中華料理店で不意に木村と出くわすが、その不誠実な態度にも絶望し、木村を激しく叩いて店を飛び出す。明子は鉄道にはねられ、瀕死の重傷を負う。駆けつけた父と姉の前で明子は「死にたくない」ともらすが、息をひきとる。

孝子は一人喜久子の元に赴くと明子が死んだことを伝え、すべて母の所為であると言い放つ。「自分の子どもに片親の苦しみを味わわせたくない」と孝子は意を決して夫の元に戻り、喜久子も現在の夫と共に東京を離れて北海道へ赴く決意をする。周吉はひとり日常生活へ戻っていく。

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Last-modified: 2013-05-17 (金) 13:23:11 (2578d)